【『職場の教養』を読んで】プラスの言葉。
おはようございます☀
いよいよ、大川沿いの桜が満開になりました!
待ちわびていた方がたくさんおられたのでしょうか。
朝から天満橋駅周辺はたくさんの人がお花見をされています。
今日の『職場の教養』のタイトルは、「口癖で変わる生活」です。
「でも」「どうせ」という口癖の人は私のまわりにもたくさんいます。
そうした人の相談にのると、何も聞き入れてもらえず、一生懸命に話をしても、空しくなることがあります。
口癖が考え方の癖になっているんですね。
今、私が勤めている就労移行支援事業所のKくんの口癖は、「感謝やなぁ」。
今年20歳になったばかりのKくんですが、だれかにお仕事を手伝ってもらったときなど、「感謝だわ」「感謝やなぁ」という言葉が自然に出ます。
聞いているほうまで、しあわせな気持ちになります。
私もまわりの人の心を温かくするようなプラスの言葉をたくさん話すようにしたいと思います。
【『職場の教養』を読んで】コロナ禍の変化。
おはようございます。
今日は自単会である大阪都島区倫理法人会の経営者モーニングセミナーに参加します。
会場は大川沿いにある「大阪キャッスルホテル」です。
1年で最も桜が美しい季節になりました!
今日と来週が桜の見頃です。1年を通して開催されるモーニングセミナーで、咲き誇る桜を眼下に見ることができるのは、今日と来週だけだと思うと、美しい桜の儚さを感じます。
さて、今日の『職場の教養』のタイトルは、「心のオアシス」です。
コロナ禍が続くなか、閉塞感を感じ始めているAさんのエピソードが紹介されていました。
いまの社会で、コロナによって気持ちが落ちてどうしょうもない方は、かなり多いのではないでしょうか。
「コロナさえなければ……」と思われている方もおられると思います。
私もこれまで、
「バブル崩壊さえなければ」
「阪神大震災さえなければ」
「リーマンショックさえなければ」
「東日本大震災さえなければ」
と気持ちがめりこんだ時期がありました。
ですが、これまで生きてきた半世紀を振り返ると、「○○さえ」とひとつだけでなく、ある一定の周期で大きな出来事が起こっていることがわかります。
これは私にだけ起こったのではなく、多くの方の暮らしに影響を及ぼした出来事です。
そのことで落ち込んだり、前に進めなくなった方ばかりではなく、出来事をバネに立ち上がられた方もおられることでしょう。
私の場合、バブルがはじけたことで、勤めていた広告プロダクションの仕事が激減し、まわりのスタッフがリストラされるのをたくさん見てきました。
ただ、だからこそ、「東京へ行こう」と決断できたのです。
阪神大震災のときは、仕事よりも家族が大切だと感じ、東京から大阪に戻ってきました。
リーマンショックのときには、自営業が大きく影響を受け、東日本大震災でさらに難しくなりました。
振り返ると、心の持ちようだったのかもしれないと、今だからこそ感じます。
今回はコロナのせいにせず、「コロナのおかげ」と思えるように、力強く進んでいきたいと思います。
【『職場の教養』を読んで】相手に敬意を払う。
おはようございます。
大川沿いの桜、どんどん咲いてきました。今週末が見頃でしょうか。
日曜はまた雨が降るようですが、もう少し咲いていてほしいなと思います。
今日の『職場の教養』のタイトルは、「敬意の循環」です。
文章を読み始め、同じ職場で働く人のことを呼び捨てにしたり、「おまえ」と呼ぶ人がいることに驚きました。
けれど、よく思い出すと、昔の職場では当たり前のようになっているところも多かった気がします。
自分自身も女性の上司から、名字を呼び捨てで呼ばれていたことを思い出しました。
今、私が働いている職場では、全員を「○○さん」と呼んでいます。半年ほど前までは、「○○ちゃん」「○○くん」と呼ぶ習慣がありましたが、今は「○○さん」です。
少々、距離を感じる部分もありますが、相手への敬いの気持ちは自然に表れます。
呼ばれるほうも、少しずつ襟を正す気持ちになるのではないでしょうか。
「○○ちゃん」「○○くん」と呼ばれていた頃より、責任感も強くなっているように思えます。
呼び方ひとつで会社の雰囲気が大きく変わることに気づかせていただいた今日の記事でした。
【『職場の教養』を読んで】謝る素直さ。
おはようございます。
昨日は、仕事で疲れていたのか、夜9時過ぎにはお布団に入りました。
あまりにも早過ぎる!とは思うのですが、コピーライターをしていたときは毎晩、徹夜で仕事をしていたので、今の状況をとてもありがたいと感じています。
今日の『職場の教養』のタイトルは、「失敗をしたならば」です。
私はこの年齢(52歳)になっても、失敗やミスをよくします。この前は、水耕栽培の水を止めるのを忘れ、あやうく水が水槽から溢れるところでした。
それからは、水道の蛇口を開いたときは、タイマーをかける、その場所を離れないなど、気をつけるようにしています。
ほかにも、迷惑をかけた人がいる場合、素直に謝れているかといえば、謝れない場合も多々あります。
自分のなかで解決できる失敗は、次回からの対処方法を考えて改善できますが、相手がある場合は、自分が思うような結果にならないこともあります。
それでも謝れる勇気は大切だなと感じます。
ここでもやはり、人間関係が大きく関わってくるのですね。
年齢を重ねるごとに頑固になるのではなく、素直になれるよう、変わっていきたいなと思います。
【『職場の教養』を読んで】注意するほうも。
おはようございます。
私がお仕事の前に立ち寄るカフェ。2日のお休みの間に、目の前の桜が咲いていました!
いよいよ、春本番。
新しい4月が始まると思うと、ワクワクします。
今日の『職場の教養』のタイトルは、「他人からの注意」です。
1回目にこの文章を読んだときは、注意された男性の立場で読みました。
すると、責め心たっぷりに言わなくても、ほかに言い方があったのでは?という気持ちになりました。
ところが、です。2回目に読むと、なぜか、注意をした男性の気持ちで読んでいたのです。
男性は注意をしても、何の得にもなりません。むしろ、恨まれたり、言い返されたりして、気分が悪くなるかもしれません。
それでも、もし、駐車場内で事故が起こったり、何かあってからでは遅いと思い、注意されたのでしょう。
どうして注意したほうの男性の気持ちに感情移入できたかと言うと、私自身も職場で注意しなければならないことがあるからです。
本当は言いたくないなという気持ちもありますが、必要だから伝えます。この伝え方がなかなか難しいなと日々、感じています。
注意された人も注意したほうも、気持ちいい伝え方を考えていければと思います。
【『職場の教養』を読んで】高く伸びるための「節」。
こんばんは。
今日は、5年ぶり?に乳がん検診のマンモグラフィーを受けてきました。
胸が張るような気がしたり、階段を降りるときに違和感があったりしたので、もしかして乳がんが見つかったらどうしよう……と、結果が出るまでは、生きた心地がしませんでした。
ところが、触診もエコーもしていただきましたが、何もなくて心底ほっとしました。
倫理では、「病気は生活の赤信号」と学んでいます。これからは生活を見直し、改めていきたいと思います。
今日の『職場の教養』のタイトルは、「竹の節のごとく」です。
竹は2〜3月で20メートルも伸びるのは「節」があるからだということ、恥ずかしながら初めて知りました。
これまでの人生でつらかったことも「節」だと思えば、ふっとゆとりが生まれます。
竹のようにしなやかに、過ごしていければいいなと思います。